研究内容

生殖の生命科学と遺伝子資源

哺乳類の受精卵を操作するために、様々な技術を開発してきました。例えば、世界に先駆けて、実験動物として重要なラットの体外受精法に成功したり(Miyamoto etal., Natureに発表)、卵巣を体外に取り出して還流培養できる方法を開発しました。

貴重な野生動物や有用な遺伝子資源を保護するために、卵子、受精卵、初期杯などの極めて小さくて単純な構造のものの凍結保存法を開発しました。今は、卵巣器官のようにより大きくて複雑な構造の組織を凍結保存できるようにするために、新規な凍結保護物質を発見したり、簡易な凍結法を開発しています。また、技術開発と併行して、凍結することによる様々な傷害の発症機構を解析しています。

哺乳類の卵巣では、性周期ごとに一定数の卵子が排卵されます。この時、減数分裂を再開した卵子の99%以上が選択的に死滅し、わずか1%以下の卵子が排卵されます。 ぼくたちは、どのような機構で卵子が選択されて死滅していくのか調べています。これまでに、卵子の選択的死滅に先だって、卵胞内で卵子を保育している顆粒層細胞にアポトーシス(プログラム細胞死)が誘起されて、死滅することを見出しました。現在、この制御調節機構を分子レベルで明らかにするため、アポトーシス顆粒層細胞に特異的に発現する細胞内伝達系に関連したmRNAの探索、アポトーシスに伴う細胞膜表面の糖鎖構造の変化の解析、アポトーシスを誘起できるモノクロナール抗体の作成、顆粒層細胞アポトーシスシグナルの細胞内伝達機構における蛋白分解酵素とエンドヌクレアーゼの関与の解析を行って分子制御機構を明らかにしつつあります。

学術創成研究(2001-2006)

環境汚染と食料の安全性

人類の文明と同じ長さの分厚い歴史をひもとくと、農学はいつの時代にも人々のアイデアやその時代の先端技術に満ちあふれていました。これまでがそうであったように、いま、そしてこれからも農学は新しいものであり続けるでしょう。いま、その農学の研究目標は二つあります。これまでの「食料を安定して供給する技術」に、「人類をとりまく環境を守り、食料の安全性を保証する技術」を新たに開発研究することが加わりました。

野生動物や実験動物を対象として、水道水汚染が問題視されているトリハロメタンや農薬などの環境汚染物質やビタミンAなどの食品を通じて取り込まれる天然物が、生体の化学工場である肝臓の機能や遺伝子疾患を後代にまで伝える生殖腺の機能にどのように影響するか調べています。従来からの方法では、たくさんの動物を屠殺して臓器を摘出しなくては環境汚染物質の影響を調べられなかったのですが、ぼくたち は、生体における様々な生理現象を、動物が生きた状態で、非破壊的にリアルタイムに観測できる最先端機器のイメージング型核磁気共鳴装置(NMR)を駆使して、環境汚染物質の影響を超高感度に検出評価できる方法を創出して、食料の安全性が高いことを保証する生物物理学的方法を創造しています。特に、生殖腺に関しては、遺伝子レベルで子孫に傷害が伝わってしまう薬物の遺伝子毒性や催奇形性(胎仔に奇形を引き起こす毒性)の検出に注力して研究を進めています。

生殖毒性に関しては、遺伝子レベルで子孫に傷害が伝わってしまう薬物の遺伝子毒性や催奇形性(胎仔に奇形を引き起こす毒性)の検出に注力して研究を進めています。胚の発生・分化の過程で秩序だった形態形成が整然と進行しますが、環境汚染物質やビタミンAなどの天然物によっても形態形成に異常をきたし、奇形が誘起されます。マウスを用いて、胚の形態形成機構を明らかとし、特に、胚(embryo)、胎盤(placenta)、子宮( uterus )におけるステロイドホルモン・レセプターとそれに類似したオーファン・レセプターなどの発現におよぼす環境汚染物質の影響を評価できるシステムを確立し、食料の安全性を保証する技術を確立しようとしています。

動物の組織や細胞の形態を保ちながら、生理機能を定量的に観測できる免疫組織化学的解析法を開発し、骨格筋、肝や腎の生理化学的機能におよぼす環境汚染物質の影響を調べています。併行して、脊椎動物の生理機能を、NMR-ワークステーション支援型画像解析法にてリアルタイムに観測して定量解析できる方法を研究開発しています。最近、細胞の形態を保ちながら、骨格筋のミオシンイソ型やコラーゲンイソ型を定量解析することで生理機能を定量的に解析できる免疫組織化学的微量定量法を開発して、脊椎動物骨格筋の進化生理化学的特性を考察できるようになりました。

細胞外マトリックスの生理科学

細胞外マトリックス(ECM)は、つい最近まで、細胞と細胞の間を埋めて組織の構築を維持するためのセメントや鉄筋などの建築材としての役割だけをはたしていると考えれれてきました。ところが、細胞学的な研究がすすむにつれて、ECMは、隣接する細胞と細胞との会話を仲介することで、細胞の生理学的な機能や形態や極性(同じ細胞でも、表面によって機能と形態が異なる。例えば小腸の上皮細胞では、管腔に面してブラ状の微細な突起を無数に出して栄養素を吸収している遊離面、隣り合う細胞と連絡を取り合いながらくっつく隣接面、アンカー蛋白をのばしてしっかりと取り付きながら遊離面から吸収した栄養素を転送している基底面がある)を支配していることがわかってきました。

ぼくたちは、ECMの代謝が異常な様々な病態モデル(免疫性肝線維症ラットや薬物性肝線維症ラット、遺伝性糸球体硬化症マウス(ICGNマウス)、免疫性糸球体硬化症ラットや薬物性糸球体硬化症ラット)を用いて、隣接する細胞と細胞の会話を仲介して、細胞の機能や形態を支配しているECMの代謝制御機構を調べています。最近では特に、transforming growth factor-β1(TGF-β1:ECM産生細胞にECM蛋白の合成増加を指令する因子)やmatrix metaroprotein-ase I(MMP1:主要なECMであるtypeI collagenなどを分解する)などのECMの代謝に関わる生理活性物質の局在を免疫細胞化学的に検出し、これらをコードするmRNAの発現をin situ hybridization法にて細胞レベルで検出し、分子病理学的解析を進めています。

最近では特に、transforming growth factor-β1(TGF-β1:ECM産生細胞にECM蛋白の合成増加を指令する因子)やmatrix metaroprotein-ase I(MMP1:主要なECMであるtypeI collagenなどを分解する)などのECMの代謝に関わる生理活性物質の局在を免疫細胞化学的に検出し、これらをコードするmRNAの発現をin situ hybridization法にて細胞レベルで検出し、分子病理学的解析を進めています。併せて、ECM産生細胞の動態(増殖と死)の制御機構を研究しています。特に、ECMに結合した複合糖鎖が細胞のダイナミズム(生と死)にはたす役割に注目して、細胞死の制御機構を調べています。また、尿細管取り囲む毛細血管の緊張・弛緩を制御するNO等の生理活性物質や血管成長因子(VGF)などの代謝制御系の解析を進めようとしています。また、腎で産生されている赤血球の量をコントロールするサイトカインであるerythropoietin(EPO)が、腎性貧血を発症するICGNマウスでは腎での産生が低下し、代償的に肝でも産生されることを発見したので、これをモデルとして用いて、EPOの発現を制御する分子機構を解明しています。

ECM産生細胞の動態(増殖と死)の制御機構を研究しています。特に、ECMに結合した複合糖鎖が細胞のダイナミズム(生と死)にはたす役割に注目して、細胞死の制御機構を調べています。これまでに上記の病態モデル動物を用いて、糖鎖構造の変化が、肝や腎におけるjuxtacrine機構や肝非実質細胞(特にECM産生と分解に関わる伊東細胞)のアポトーシス制御の破綻に関わることを示してきました。現在、これらの知見の応用展開のため、国立衛生研究所や医学部第一病理学教室と共同で、糖鎖構造の変化がJuxtacrine機構におよぼす作用やウイルス性肝炎患者におけるECM代謝異常とアポトーシス制御の破綻との関連性を中心に調べています。

黄体の死滅機構

老化とはいったい何でしょうか。遺伝的に老化の早い特殊なモデル動物(老化促進マウス)を用いて、生殖腺(卵巣と精巣)と生殖細胞(卵子と精子)を中心に、老化機構を調べています。最近、ぼくたちは老化促進マウスの卵巣では黄体が消滅せずに異常に蓄積し、これが黄体細胞アポトーシス不全によることを発見しましたので、このモデルを用いて、黄体の退行機構を解明するべく細胞化学的に調べています。